バック・トゥ・ザ・フューチャー 日本公演、KSLで実現する音響演出

世界的人気映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を舞台化したミュージカルは、2021年にロンドンで上演をスタートし、現在も世界各地でロングラン公演が続いています。そして2025年4月、ついにその話題作が劇団四季によって日本に上陸し、JR東日本四季劇場[秋]で上演中です。映画の名シーンやタイムマシン搭載のスポーツカー、デロリアンの登場に加え、迫力ある映像と音響で、観客を物語の世界へ引き込む本作。今回は、日本公演の音響を担当されている劇団四季の森下要さんにお話を伺いました。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は世界的に人気の映画が原作の舞台ですが、日本公演の音響で特に工夫したことや、大変だったことがあれば教えてください。
劇場のサイズ感を踏まえると、ミュージカルとしてはやや大きめのスピーカーを使用していますが、これは演目の世界観やオーケストラ・バンドサウンドとの相性を考えて、あえて選定されたものです。メインスピーカーのKSLは、巨大なセットの中にきっちり収まるように配置する必要があり、その調整はなかなか大変でした。また、セットのさらに上部にはサブアレイを設置していますが、これもこの演目ならではのチャレンジだったと思います。
スピーカーからアンプまでのケーブルについても、種類や長さにもこだわり、メイン系のケーブルはすべて20m以内で収めています。そのため、アンプは劇場内5か所に分散して設置し、客席上空のスノコやキャットウォークまで、電源やネットワークケーブルを直接引き込んでいます。

アンプは劇場内5か所(キャットウォーク脇や舞台下など)に分散設置されている
ネットワークケーブルはあちこちに張り巡らされている

また、日本公演ではウエストエンドやブロードウェイよりも細かく客席をブロック分けし、それぞれのブロックごとにL/C/R構成でスピーカーを配列しています。劇場構造が複雑なため、スピーカーを均一に並べていく作業は非常に困難で、レーザーで墨出しを行い、ラインを揃えて所定の間隔で配置できるよう、リギング用の鉄骨を組むところからスタートしました。

客席は1階2階ともにL/C/Rのセットが分散配置されている

海外作品を日本で公演するうえで、特に意識されていることは何ですか?
海外作品の場合、サウンドデザイナーが作品に込めた想いや、完成までの制作プロセスを丁寧に受け継ぐことが、非常に大切です。日本で公演する際も、初演オリジナルから大きく変えてしまうことのないよう、常に意識しています。とはいえ、日本の劇場の形状や容積はオリジナルと異なるため、そこは可能な範囲で適応したシステムにリアレンジを行います。さらに、向上できる部分、たとえばサラウンドのシステムなどについては、デザイナーチームと相談しながら、この劇場だからこそ実現できる最適な構成を提案するようにしています。

今回、SL-Series(KSL)を四季劇場で初めて導入されたとのことですが、実際に運用されてみていかがでしたか?
側面と背面のキャンセレーション効果は絶大だと感じました。スピーカーをかなり壁際に設置していますが、反射音で違和感が出ることもなく、舞台上への音の回り込みや不要な帯域の音漏れも抑えられています。その結果、マイクへの被りこみが少なく、オペレーターはフェーダー操作がしやすくなりますし、演者にとっても舞台上の音がクリアで、とても効果的だと思います。また、客席側についても、壁際や後方で起こりがちな中低域の膨らみが抑えられ、全体的に落ち着いた再生ができている印象です。

2階正面から見たステージ
左右壁際に配置されているKSLラインアレイ

演出に合わせて機材の配置や調整などに工夫された点があれば、ぜひ教えて下さい。
今回、メインのKSLはArrayProcessingを使っていますが、日本は湿度や気温の変化が激しいので、プリセットを複数用意しておいて、毎回の環境に応じて微調整しています。劇場内でも、天気や季節、さらには開演前と本番中で客席の温湿度がガラッと変わるため、それに合わせた補正が欠かせません。とくに、高域の客席後方への到達感に関しては、この補正が非常に効果的だと感じています。
ギャレス・オーウェンのチームは、”どの席で聞いても音圧・音質ともに満足できるように設計する“という目標を持っていて、今回は208台のスピーカーと62台のアンプを使って、その設計を実現しています。サウンドエフェクトも、細かくブロック分けした各エリアにサラウンドスピーカーを分散配置して、どの席でも繊細なSEがしっかり届くように工夫しています。

2階席も各ブロックごと、L/C/Rのセットが組まれている

低域については、客席上空にKSL-SUBを8台組んだサブアレイを組み、さらにL/RにInfraモードのSL-SUBを2台ずつ配置し、非常に迫力あるサウンドに仕上げました。ちなみに、舞台上の演出装置にもスピーカーを仕込んであって、バッテリー駆動のアンプへワイヤレスで音声を送る仕組みも取り入れています。

客席上空の8台のKSL-SUBサブアレイ
1階、2階にSL-SUBをL/R Infraモードで設置

本番のオペレーションを通して、音響面で効果を実感された点や、印象的だったエピソードはありますか?
こちらは本番オペレーターチームの市川遣吾さん、千葉良枝さんのコメントを頂いています。
今回あらためて感じたのは、d&bのサウンドが今回の演目に本当にぴったりだということです。SEは映像に合わせてどうしても音量が求められますが、音量を上げても、低域から高域までバランスが良く、不快になりません。映像に対してリアルな音がちゃんと再現できているからこそだと思います。

舞台上の返しやWL(ワイヤレスマイク)のフィードバックについても、俳優からのクレームは一切ありませんでした。
ある俳優からは、「これまでは自分の声が客席に届く時の返りが不快に感じることがあり、それが普通だと思っていた。でも今回は全然気にならなくて、自然に喋れているのでとてもやりやすい。」と話してくれました。指向制御がしっかり効いていて、“作られた音”ではなくて“リアルな音”のSRが舞台上でも実現できている証拠だと思います。

最後に、観客の皆さんに特に注目してほしいポイントがあれば、ぜひお願いします!
今まで四季のミュージカルでは表現したことのないパワフルなサウンドと迫力のあるSEを、ぜひ劇場で体験していただきたいです。

【プロフィール】
劇団四季 音響・音楽部 森下 要
所属するプロダクションサウンドチームは劇団内では「仕込みチーム」として知られる。オペレーターが現場に入る前にシステムの立ち上げを完了させ、終演後には解体・撤収までを担う。また、デザイナーの要望に応じて、現地での機材調達、設置、調整なども行う。演出家、デザイナー、オペレーターはもちろん、俳優や観客の視点も踏まえ、あらゆる角度から理想的な音響環境を構築する役割を担っている

劇団四季 音響・音楽部
本番オペレーターチーム 市川遣吾、千葉良枝

サウンドデザイナー Gareth Owen(ギャレス・オーウェン)
ブロードウェイを代表する舞台音響デザイナーの一人で、キャリアは25年以上に及ぶ。 『The Stage』誌から「作品の成功を左右する、数少ない舞台裏のクリエイター」と評され、これまでに世界各地で300本以上の作品を手がけてきた。 『MJ the Musical』でトニー賞を受賞し、『カム・フロム・アウェイ』『メンフィス』『メリー・ウィ・ロール・アロング』でオリヴィエ賞を獲得。その他にも数々の賞を受賞し、トニー賞やオリヴィエ賞のノミネート歴も豊富に持つ。
GARETH OWEN SOUND
世界有数の舞台音響デザインスタジオ。最新のサウンドテクノロジーと確かな芸術性を融合させ、観客を作品の世界へ没入させるサウンドデザインを追求。
ブロードウェイやウエストエンドをはじめ、世界中の劇場・ミュージカル作品で高い評価を得ている。

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